イタリアのツバキ(その3)

背の高く、大きく育つ海外の椿たち

日本の庭園で見かける椿の多くは、選定してそこそこの大きさに保たれます。一方で海外の椿はほとんど剪定されていません。基本的に選定せずに放置して、木が伸びたいように育てています。これは庭が広いからなのか、貴重な木なので切らないのか、そもそも剪定の概念がないのかもしれません。生垣や壁を覆う装飾にされる場合も、とにかく大きく仕立てられます。

ヴィラ・ターラントの植物園(Botanic Gardens of Villa Taranto)で見た椿は、丸く刈り込まれていましたが、日本では見られないくらい背が高いものでした。木や人と比べてみると分かると思います。

ヴィラ・カルロッタ(Villa Carlotta )の中庭は通路に沿って背の高い生垣があり、ツバキも多く使われています。邸宅裏手の生垣も邸宅と同じくらいの高さにまで茂っていました。

 

広い庭で大きく枝を広げ、のびのび育つ海外のツバキ。ヨーロッパに渡った椿は広大な庭を彩る植物として重宝されたことでしょう。ツバキ自身も日本とは違う国の庭で、その土地の人間たちの要望に応えて大きく育っているようです。

イタリアのツバキ(その2)

イタリア北部のマッジョーレ湖にはいくつかの島があり、その一つのマードレ島は庭園に椿が溢れる島です。

マードレ島(Isola Madre)の椿と古木椿

マードレ島はイタリアの旧家ボッロメオ家が所有する面積8万平方メートルの島で、島全体がいくつもの庭園が合わさってできた植物園になっています。湖に沿った園路をゆくと、石造の階段と竹林、そして椿生垣が見えてきます。やがて「ツバキの広場」に出ると、広場の奥には樹齢200年と言われる椿の古木がありました。花は赤い八重で、たくさんの花を咲かせていました。

樹齢200年の古木椿

マードレ島では、石塀を植物が覆うように仕立てられていて、その中に椿も多く見られます。壁に這わせるように椿を仕立てるやり方は日本ではあまり見ませんが、フランスでも見かけました。無味乾燥な高い石塀や建物壁が常緑のツバキで覆われると、潤いのある雰囲気になります。

そのほかにも島内の至る所にツバキやチャ、その他の植物による生垣がありました。椿の高生垣といえば銀閣寺(東山慈照寺)を思い出しますが、マードレ島の生垣は規模もサイズもかなり大きく、かつ島中で見られました。緩やかな白い石階段がマッジョーレ湖へと伸びており、その道筋の左右に背の高い緑の塀がそそり立ちっています。緑の生垣をこえて青い湖面が見える光景はなんとも美しいものでした。

椿作庭園に遊ぶ孔雀

緑の芝生が広がる庭園では、椿が咲き終えた花を樹下に落として、桃色や赤色の花を色とりどりの雪のように積み重ねています。その花園の上を悠々と孔雀や白孔雀、雉が華やかな羽を揺らしながら悠々と歩く様子は楽園のように美しく、幻想的ですらありました。

邸宅はボッロメオ家の家具調度品や絵画などが展示してあります。華やかな七宝焼の皿に描かれた花々の中に白い椿が、豪奢なシャンデリアと、庭の石の飾りにも椿のモチーフを見つけることできました。

参考:

ICS大会イタリア会議公式案内):

https://internationalcamellia.org/public/downloads/nLfKj/Splendor%20of%20Italian%20Camellias.pdf

イタリアのツバキ(その1)

国際ツバキ会議イタリア大会

会員のいる国で隔年に行われる国際ツバキ協会(International Camellia Society /ICS)の国際ツバキ会議は、2020年に長崎県五島大会で行われる予定でしたが新型コロナ禍により中止となり、2022年に開催予定だったイタリア大会も1年間の延期を経て2023年3月に開催されました。椿の愛好家を中心に研究者、園芸業者など多彩な顔ぶれがそろうこの催事は通例、本会議を挟んだプレ・ツアーとポスト・ツアーを数えると10日を超える大会です。その日程の多くは現地の椿園や植物園などをめぐる視察に費やされます。

2023年イタリア大会の本会議とポスト・ツアーに参加しました。

マッジョーレ湖・バヴェーノへ

今回の大会の会場となったのはイタリア北西部のマッジョレー湖畔のバヴェーノ(Baveno)です。ICS大会の受付を済ませてから、バヴェーノの町へ昼食と散歩に出掛けました。石造りの町並みは穏やかで静かです。そして家々に椿の木が植えられており、今を盛りと花を咲かせていることに驚きと感銘を受けました。スイスに近いこの町でも椿は露地で良く育つこと、当たり前の庭木として地元に愛されていることを実感しました。

ヴェルバニア(Verbania)のツバキ展

翌日からの視察で音連れた第55回ヴェルバニア市椿展はヴィラ・ジュリア(Villa Giuria)で行われていました。ヴェルバニア(Verbania)ツバキ展はイタリアで最初のツバキ展なのだそうです。

ピエモンテ州マッジョーレ湖畔では、150年前からツバキが栽培されており、その実績とツバキの生産や文化遺産を強化したいという一部の愛好家の願望によって、1965年にイタリア椿協会とこのツバキ展の誕生につながったといいます。

椿展の展示はどれも美しく工夫されています。例えば金属製の燭台のような専用什器に花の品種ごとに活けてあったり、絵画のように額に差し込まれてイーゼルにディスプレイされていたり、階段に花籠(オアシスをつめて葉で目隠しされている)でくくりつけられていたり。  

会場の一角に2006年トリノ冬季オリンピックおよびパラリンピックについてのパネルが展示されていて、「マッジョーレ湖の花が競技会場を飾り、16,000 個を超える花束が表彰台ですべての競技の優勝者に届けられた。」と誇らしげに書かれていました。

参考:

  • 55a Mostra della Camelia(第55回ヴェルバニア市椿展パンフレット)
  • 第55回ヴェルバニア市椿展展示パネル
  • つらつら椿:https://tsubaki-fan.com/

夏椿(ナツツバキ)

【椿information】2023-6-22

大気が潤む6月になると、公園や庭先に白い夏椿が咲いているのを見かけます。
夏椿の名は読んでのごとく、夏にツバキのような花を咲かせることからつきました。学名Stewartia pseudocamelliaの「pseudocamellia」も「ツバキに似た(にせツバキ)」という意味です。
大きさは5~7cmくらいでツバキとほぼ同じくらい。白い五枚の花弁を大きく開くところや、雄しべの感じなどが似ているといえるでしょうか。

呼び名なら「シャラ」「シャラノキ」の異名もよく知られます。こちらもインド産のサラソウジュ(沙羅双樹、フタバガキ科サラノキ属の常緑高木)と間違えられたことからつけられた名前。似てるとか、間違えられたとか、何かとアイデンティが弱そうな印象です。

しかし沙羅双樹に間違えられたことで、寺院の庭に植えられることにもなりました。繊細な樹形や赤く美しい樹皮、花は白く、少し波打つ花弁は薄くて軽やかです。寺院の静かな庭の雰囲気にぴったりです。花は終わると、花ごとポトリと地面に落ちます。緑の苔の上に白い花が点々と落ちた様は物静かで美しい風情です。

花が落ちるところはやはりツバキに似ているかもと思いますが、細かなディティールが似ているかどうかよりも、昔の人は、夏に涼やかな雰囲気で私たちの目を楽しませてくれる美しい花であることが、冬の美しい花の代表であるツバキを想起させたのかもしれません。

参考:

新訂原色樹木図鑑、邑田仁監修、北隆館,2004

NHK「らんまん」牧野富太郎と椿(その2)

【椿information】2023-6-8

著作の中のツバキ

牧野富太郎は学術的な書物の他にも植物を題材にした随筆を多数書いています。気軽に読めて、植物の見知らぬ一面を知ることができる内容で、多くの人に植物に親しみ理解してもらいたいという牧野の気持ちがにじみ出ているようです。その文章は伸びやかで、独特な牧野節が炸裂しています。

ツバキについて書かれた文章は、「ツバキ、サザンカ並にトウツバキ」「珍説クソツバキ」「中国の椿の字、日本の椿の字」などがありますが、その中で繰り返し書かれているのが、ツバキの漢字のことです。

書かれた内容を簡単にまとめると、だいたい以下のような内容です。

・ツバキ科ツバキ属のツバキ(Camellia japonica)を指す「椿」は日本の国字であるが、中国の漢字の「椿(チン)」が示す植物はセンダン科のチャンチン(香椿、Toona sinensis)のことで、両者は別物。

・国字の「椿」を「チン」と音読みするのも間違っている。強いて言えば「シュン」と発音すべき。

・ツバキ(Camellia japonica)を中国語では「山茶」と表記する。

・日本ではサザンカ(Camellia sasanqua)に「山茶花」の漢字を充てたことから「さんさか」の名が付き、音便化して「サザンカ」になったと考える。そのため本来ツバキを示す「山茶」がサザンカに使用されたことから混乱が生じている。

・サザンカ(Camellia sasanqua)を中国語では「茶梅」と表記する。漢字表記をするならそれに準じるのが良い。

ツバキとチャンチン

同じ「椿」の文字を充てられたツバキとチャンチン。花も葉も木の姿も、その姿はあまりにも違います。植物図鑑の図を見れば一目瞭然ですね。

シカはツバキの皮が好き?

また牧野は、シカは椿の皮を好んで喰うから椿を大事がる大島には間違ってもシカを放してはいけない、とも言っています。シカが椿の皮を喰うかは知りませんがリスは好物のようです。シカにせよリスにせよ、昨今の大島はツバキの樹皮がずたずたに齧られて、残念な状況であることに変わりはありません。

オオシマザクラとツバキ

最後に伊豆大島への牧野の提言を紹介しておきます。

「大島桜は大島の誇りであるからこれと同格の椿とともにもっとずっと大量に植え、雲のごとく、また霞のごとき桜の花と、燃るがごとく、また絳帳(こうちょう)のごとき椿の花とで全島を埋めつくし、いよいよ同地をして東海上の花彩島たらしめたら佳いと思う」

「花物語 続植物記」より引用

大島を桜と椿で埋め尽くして花が彩る島にせよとは、何とも牧野らしい、美しい植物で満ちた楽園の姿を示してくれたと思うのです。

参考:

  • 植物記,牧野富太郎,筑摩書房,2008
  • 花物語 続植物記,牧野富太郎,筑摩書房,2010
  • 植物一日一題,牧野富太郎,筑摩書房,2008
  • 新訂原色樹木図鑑、邑田仁監修、北隆館,2004

大島椿椿図書館のページが公開されました

椿油専門メーカー大島椿が設立した「大島椿椿図書館」のページが公式サイト上で公開されました。

「大島椿椿図書館」は、椿に特化した専門図書館です。園芸、植物、歴史、芸術など様々な分野において、国内外の椿について書かれた、あるいは椿をテーマに表現された書籍・雑誌・DVDなどを網羅的に収蔵しています。

実際に手に取って閲覧できる開架式図書館で、開館時間中はどなたでもご利用いただけます。

< 開館日 >
毎週木曜日 13:00~17:00(会社休業日、臨時休館日を除く)
※開館予定は変わることがあります。

< 住所 >
東京都港区芝大門2-9-16 Daiwa芝大門ビル4F 大島椿株式会社内  Googleマップで見る

< 直通電話 >
03-3459-5533

詳しくは下記をご参照ください。

https://www.oshimatsubaki.co.jp/company/library/

※大島椿椿図書館は山椿舎で企画・運営しています。

NHK「らんまん」牧野富太郎と椿(その1)

【椿information】2023-5-25

『らんまん』オープニングの椿

2023年4月から「日本の植物学の父」といわれる植物学者の牧野富太郎をモデルにしたNHK朝ドラ『らんまん』が始まりました。ドラマでは名前が万太郎ですが、出身が土佐(高知県)で酒造業などを営む裕福な商家で生まれたこと、旧制小学校を中退して植物三昧の日々を送ったこと、上京して東京大学理学部植物学教室に出入りを許されて研究に没頭するところまで本人と同じです。

朝ドラでは様々な植物がでてきますが、オープニング動画に椿のカットもちゃんとありました。

NHK「らんまん」オープニングより

牧野富太郎(1862-1957)について

牧野が生まれた4月24日(文久2年)は彼の功績を称えて「植物学の日」に制定されています。記念日ができるほどの功績とは、日本の植物分類学の基礎を築いた一人であることと、広く一般に植物学知識を普及させることに尽力したことでしょう。

具体的には、

・日本全国をまわって約40万枚もの植物標本を作製。

・新種や新品種など約1500種類以上の植物の特徴を学術的に記載し、学名を付けた。(ヤマトグサを新種として発表して日本人として初めて新種に学名を付けたことにはじまる)

・種の個体差を超えた平均な全体像を、緻密に描く「牧野式」植物図を確立

・全国規模の植物知識の教育普及活動。(各地で観察会、講演会、園芸学校や高等学校でも講義を行い、研究家や愛好家からの個別の問い合わせにも対応した)

・『牧野日本植物図鑑』の出版。(ほかにも出版多数)

・2種類の学術雑誌『植物学雑誌』と『植物研究雑誌』の創刊に係わり、研究発表の場を作った。

等が挙げられます。

『牧野日本植物図鑑』

1940年の初版以降、現在も重版されている『牧野日本植物図鑑』(北隆館)は、日本植物図鑑の先駆けです。それまでにも「大日本植物志」などいくつもの植物図譜を発行していたものの完成には至らず、念願の本書を刊行できたのは東京帝国大学退官後の1940年(昭和15年)、富太郎78歳の時でした。

本書にはツバキが次ように記載されています。

牧野日本植物図鑑 北隆館 椿のページ

現代語にすると以下のような感じでしょうか。

「つばきは、日本各地の山地に生育する常緑高木で、その変種は観賞用として広く庭園に植栽される。全体に無毛で、密に茂る緑色の葉は有柄で互生し、楕円形で短く尖り、縁に細かい鋸歯があり、厚くて滑らか。春に枝先に無柄の大きな花をつけ、下向きに開いて紅色を現す。緑色の萼片は蕾の鱗片と共に屋根瓦を並べたように積み重なって壁となり、5枚の花弁は正面に開かず下向きで、基部で結合する。雄しべは多数で一体となり花冠の付け根に付いて、花の中心に無毛の単子房があり、花柱は3裂しする。

蒴果は球形で果皮が厚く、蒴果を割って2~3個の大きな黒褐色の種子を出し、この種子から椿油を採る。自生の品種をヤブツバキまたはヤマツバキといい、園芸品種はさまざまある。和名は厚い葉の木の意味といい、また葉に光沢があることから艶や葉の木という意味ともいわれる。椿は和字で春盛んに花が咲くからこの字を作った。中国の椿(チン)と混同してはいけない。」

『卓上版 牧野植物図鑑』「ツバキ」の現代語訳(文責筆者)

とても詳細で具体的な記載です。「牧野式」植物図は、彼のこうした観察眼を絵として表現したものに他ならないでしょう。

朝ドラで現在は東京大学理学部植物学教室での生活が描かれていますが、この先ドラマは波乱に満ちてゆくはずです。そして気がかりなのは、牧野の人生において接点のあった、椿にゆかりの深い人物2人、石井勇義と安達潮花が登場するかというところです。しばらくドラマから目が離せなくなりそうです。

参考:

・らんまん, NHK ,2023

・高知県立牧野植物園:https://www.makino.or.jp/dr_makino/

・卓上版 牧野植物図鑑,牧野富太郎,北隆館,2019

「椿」の絵画や工芸 茨城県天心記念五浦美術館企画展

【椿information】2023-5-11

椿の花はほぼ終わりとなりましたが、椿を題材にした絵画や工芸作品を集めた企画展「椿×名品展 -ふたたび、五浦へ」が、茨城県天心記念五浦美術館(北茨城市大津町)で開催中です。

展示は椿絵のコレクションで知られる、あいおいニッセイ同和損害保険の所蔵品から日本画、洋画、工芸など85点と茨城県近代美術館などの所蔵作品4点を加えた総数89点です。

五浦美術館での「椿絵名作展」は16年ぶりの開催で、今回は椿をテーマにした作品を発表している現代作家・片口直樹の油彩画と、映像作家・横田将士とのコラボレーション作品も展示され、江戸時代から現代までの椿作品が勢ぞろいしているとのことです。

期間:2023年4月29日(土・祝)~6月11日(日)

開館時間:9:30~17:00(入場は16:30まで)、月曜日休館

入場料:一般730(630)円

五浦は大小の入り江や磯、断崖絶壁などの波による浸食で形成された地形が続く景勝地です。日本近代における美術指導者として知られる岡倉天心(帝国博物館(現東京国立博物館)理事・美術部長、東京美術学校(現東京芸術大学)の校長)は、1898年に設立した日本美術院をこの地に移しました。日本美術院では、横山大観や菱田春草などが学び、日本画の創作活動をしました。これを記念して1997年に開館したのが茨城県天心記念五浦美術館です。

今回の展示では日本美術院の著名な画家たちの作品も多数並びます。

また五浦は椿の自生地であり、同館主任学芸主事の木内智美氏は、敷地内、道沿いにも数多くの椿を見ることができ、五浦の名の由来となる5つの入江の1つが「椿磯」で、古くから椿が自生していたことがうかがえる、と話しています。

椿の自生する美術のメッカで椿の作品を見、風光明媚な海岸景色を堪能してくる小旅行も良いかもしれません。

参考:

・茨城県天心記念五浦美術館 公式サイト:https://www.tenshin.museum.ibk.ed.jp/index.html

・東京新聞<いづらだより>(17)五浦に咲く椿の名品:https://www.tokyo-np.co.jp/article/248438

・五浦海岸:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E6%B5%A6%E6%B5%B7%E5%B2%B8

萩の笠山椿群生林の成り立ちと再生事業

前回、笠山群生林について触れましたが、今回は少し詳しく紹介します。

初めて萩の笠山にある椿群生林を見た時、他に類を見ない奇観に圧倒されました。枝葉を付けずに細く伸びた幹ばかりが立ち並ぶ椿の純林。薄暗い樹林で上を見上げれば、陽光を求めた葉がはるか頭上で広がっているのが見えます。まるで幽霊のような木々だと思いました。しかし赤い椿の花々が落ちて地上を赤く染めるのを見る時、これらの木々はすべて逞しく生きていることを強く実感します。ここは人の介入によって、超過密に生きる椿たちが熾烈な生存競争の末に作り出した稀なる景観です。

笠山の歴史と椿群生林の誕生

山口県萩市の笠山は日本海に突き出した半島です。約8000年前に火山島として誕生し、その後陸続きになりました。同じく日本海に突き出た半島の指月山に毛利氏が1600年に築城して以来、城の北東(鬼門)であったことから「御止め山」として、明治になるまで人手が入らずに天然林として残されました。

明治になり入山禁止が解かれると、人々の暮らしを支える里山として利用されるようになります。シイ、カシ、タブなどの大木は用材として、雑木は薪として切り出されました。昭和30年代(1955~65年)まで燃料の薪炭を得る山として機能しますが、その後、ガスや石油が燃料として普及すると薪は不要となり、笠山も放置されるようになります。

転換期は昭和45年(1970)に訪れます。笠山を調査に来た薬学博士で椿研究家の渡邊武氏が、雑木やツタを払い整備して椿の観光名所とすることを市長に提言しました。萩市はそれを受け入れ、雑木の除去や道路拡張、遊歩道の整備などに努め、10ヘクタールの広さに約25,000本のヤブツバキの純林が出来上がったのです。整備を初めて30年くらいたったころには今に近い様子になっていたようです。

花期は12月上旬~3月下旬と長いのですが、例年2月中旬~3月下旬頃が見ごろとなります。基準木(1999から基準木7本を指定)すべてが花をつけたときに椿の開花宣言を行っています。

笠山椿群生林ができるまでの様子(樹木医・草野隆司氏の基調講演スライドより)

笠山群生林の現状

・椿の名所の中でも、他に類を見ない景観として著名。

・観光資源としてツバキの純林を発展させた。70余年経過する中で様々な問題が生じたため、現在、再生事業が実施中。

笠山椿群生林の再生

1970年から椿の観光名所として整備され、椿の純林として育ってきた笠山の椿群生林ですが、それから半世紀以上経ち問題も生じてきました。

・過密状況で光を奪い合い上へ成長した結果、負けた木は枯れる

・生き残った木も樹勢が衰える

・病気の発生

こうした問題を解決して将来にわたって存続させるために、萩市は2019年(令和1年)から椿群生林の再生事業を開始します。条件を変えながら伐採萌芽試験を行い、約2ヘクタールの椿林の更新を計画しています。一方で保存予定地も設けて現状の推移を見守ります。

方法は、区画を決めて地上70cmや2mで一斉に伐採し、切株から萌芽するのを待つというものです。区画を一斉に切り払った場所に切株が林立する様は奇異な感じですが、既に胴から芽吹いている木も多くあります。全国椿サミット萩大会基調講演で樹木医・草野氏による試験伐採の経過報告によると、伐採後年2年以内の萌芽が現状約60%とのことです。


こうした一斉伐採の方法は新上五島町でも行われていました。山の斜面の一面に胴切りされ、萌芽したツバキが立ち並ぶ様子はよく似ています。

一方で同行して見学していた園芸業者や研究者からは、一斉に切るのでなく間引くように切る方がいい、一本の木を一度に胴切りするよりも落とす枝と残す枝を分けて段階的に落とし樹勢を保つ方がいい、などの意見も上がっていました。

伐採萌芽試験はまだ途中で、今後どのように再生してゆくのか興味深いところです。

参考:

・自然の魅力いっぱい!! 笠山・椿群生林,萩市観光課,2022.3

・笠山群生林「再生物語り」2023.3.18

・第33回全国椿サミット萩大会基調講演,樹木医・草野隆司氏,2023

・椿づくし、講談社編、講談社、2005

第33回全国椿サミット萩大会2023

【椿information】2023-4-12

毎年、各地の自治体と日本ツバキ協会が共催で行う全国椿サミット。コロナ過により2019年の御殿場大会を最後に中止が続いていたので今年の萩大会は4年ぶりの開催。萩市での開催は11年ぶり4回目です。感染対策のため人数制限をしての実施でしたが、参加者たちは久々の交友と椿の名所への訪問に笑顔が溢れていました。

第33回全国椿サミット萩大会概要

テーマ:「ヤブ椿の自然林笠山椿群生林の再生を目指して」

日時:2023年3月18日(土)、19日(日)

場所:山口県萩市(萩市民館)

オープニング:越ヶ浜郷土芸能保存会「巫女(みっこ)の舞」、XUXU(シュシュ)ライブ

基調講演:「ヤブ椿の自然林笠山椿群生林の再生を目指して」萩市観光課樹木医草野隆司

展示(小ホール、ロビー):

萩焼と生け花展(萩陶芸家協会から特別提供の萩焼と市内華道団体によるコラボレーション)

椿油搾油の実演(サン製機)、椿グッズの販売

新花人気投票コンテスト(日本ツバキ協会) 

参加者には様々なお土産が渡されます。開催地からは椿の苗木やご当地の名産品など、協賛企業数社も椿油などを提供しています。

大会後の交流会は千春楽というホテルのバンケットで賑々しく行われました。地元の料理を食べながら、旧知の椿友や初対面の椿友と話が弾みます。最後は次回開催地の松江市に引き継がれる大団円で宴は終わりました。

萩の椿名所 笠山椿群生林と東光寺の古木「宮様椿」

19日の視察は、笠山椿群生林(萩・椿まつり会場)、道の駅・萩しーまーと、東光寺、松陰神社の4か所です。

笠山椿群生林:山口県萩市椿東越ケ浜虎ケ崎

萩市の北東部、笠山の北端にあたる虎ヶ崎には約10haに約25,000本のヤブツバキが群生しており、萩市指定天然記念物に指定(2002年/H14)されています。開花期間は12月上旬~3月下旬と長く、例年2月中旬~3月下旬頃に見ごろを迎えます。木の多くは株立ちで、背が高く細い幹が林立する林と、樹上から落ちてきた椿の赤い「落ち椿」が地面を赤く染める様子は他に類のない景観です。

群生林内は遊歩道が整備され散策がしやすく、展望台は地上13mあって椿群生林を上から見渡すことができ、天気が良ければ日本海が一望できます。

東光寺の「宮様つばき」:山口県萩市椿東1647

萩市椿東にある東光寺は元禄4年(1691)藩主毛利吉就が開基となって創建された黄檗宗の寺院で、4件の国指定重要文化財と毛利家墓所を含めた境内が史跡に指定されています。藩主や婦人の墓が並ぶ墓所の手前には家臣らが寄進した500基もの石灯籠が立ち並び、その石燈籠列の右手奥に、「宮様つばき」と呼ばれる古木椿があります。定かではありませんが、9代藩主・毛利成房治親の正室が有栖川宮織仁親王の娘であることから、毛利家と京都有栖川宮家の所縁の木と伝えられています。

この宮様つばきの品種は「紅唐子(べにからこ)」、別名「日光(じっこう)」と呼ばれる江戸期からの古典品種のひとつです。

3月から咲き始め4月上旬まで開花します。雄しべが弁化する唐子咲きと呼ばれる咲き方で、花弁も唐子も濃紅色をした特徴的な花姿です。根周りが1.7m、樹齢は270年ともいわれます。他所の紅唐子と比べて花が大振りなことが印象的でした。

次回の全国椿サミット開催地は、2024年3月9日(土)-10日(日)島根県松江市、2025年は長崎県五島市です。

参考:

・第33回全国椿サミット萩大会パンフレット

・萩観光協会公式サイト:https://www.hagishi.com/

・萩市FB:https://www.facebook.com/1671656896283464/posts/2749441068505036/

・東光寺ガイドによる解説