椿の基礎知識:枝変わり、椿カレンダー表紙「蜑小舟」

枝変わりの花が咲くツバキ

ツバキは品種ごとにそれぞれ花の姿形や色、模様、大きさなどに個別の特徴があります。逆に言うと同じ品種名のツバキは同じ花が咲きます。

しかしながら時折、1本の木に枝によって異なる色や模様の花が咲くことがあります。これを枝変わりと言います。

例えば「蝦夷錦」は白~淡桃色地に濃紅色の縦、小絞りの入る八重咲きの花が咲きますが、成木になると所々に赤一色、白一色の花も咲きます。1本の木で3色の花が咲くことから、シーボルトは蝦夷錦を「トライカラー」(tricolor:3色の)と呼びました。

蝦夷錦

蝦夷錦(えぞにしき):標準的な花は白~桃色地に濃紅の縦、小絞り、八重、筒しべ。右側に赤花枝変わりが咲く。

咲き分け

この枝変わりが木のいたるところで起こり、1本の木でいくつもの花色や絞り、覆輪など多彩な花が咲くことを、特に「咲き分けと呼びます。

花弁が散ることで知られる「五色八重散椿」は有名な咲き分け花です。他にも「千葉五色」「想いの儘」「日月」「四海波」(中部)などがあります。いずれも華やかで美しく人気があります。

「五色八重散椿」の咲き分けた様子

五色八重散椿

それぞれの花

このように一つの木の中で枝変わりした花も同じ品種として捉えられるものがある一方、枝変わりした花が独立した別の品種となる場合もあります。

蜑小舟とそこから生まれた枝変わり品種

2024年カレンダーの表紙を飾る「蜑小舟(あまおぶね)」もそうした枝変わり品種です。

蜑小舟(あまおぶね)/ 撮影:高野末男

蜑小舟(あまおぶね)

朱紅色の八重、蓮華咲き、筒しべ、中~大輪。沖の浪の紅花枝変わりとされる。

蜑(あま:海女・海士・海人)は海で魚貝を採る者、または藻塩(もしお)を焼く業をする者。つまり蜑小舟とは海で魚・貝などの漁をする小舟のことです。

「蜑小舟」は「沖の浪」からの枝変わり品種とされています。同じく「沖の浪」からの枝変わりとされる品種に「藻汐(もしお)」があります。さらに「藻汐(もしお)」からの枝変わりに「釣篝(つりかがり)」があります。いずれも海に縁があり風情のある素敵な名前です。

  • 沖の浪(おきのなみ):淡桃色地に紅の縦~小絞りと白覆輪が入る。
  • 藻汐(もしお):深い朱紅色の八重、蓮華咲き、筒しべ、中~大輪。沖の浪の紅花枝変わりとされる。
  • 「釣篝(つりかがり)」:朱紅色に白斑が入る八重、花弁はやや中折れ、筒しべ、中~大輪。藻汐に白斑が入った枝変わりとされる。

枝変わり品種として有名なものに「イカリ絞り」枝変わりの「プリンセス雅子」があります。

  • イカリ絞り:白地に濃紅色の縦絞り、八重、蓮華咲き、割しべ、中~大輪
  • プリンセス雅子:イカリ絞りに紅覆輪が入る枝変わり

枝変わり品種は数多くありますし、花だけでなく葉に覆輪が出る枝変わりもあります。

また園芸品種からではなく、野生のヤブツバキの枝変わりや胴吹き芽から特徴的な花が生まれて独立した園芸品種になることもあります。「黄泉の銀花(よみのぎんか)」「平戸佗芯(ひらどわびしん)」「天倫寺月光(てんりんじがっこう)」などはそうした野生のヤブツバキの枝変わり由来の園芸品種です。

こうしたツバキの変容のしやすい性質は数多くの園芸品種を増やしてきました。園芸家にとって魅力的な植物である由縁と言えるでしょう。

引用・参考:

  • 最新日本ツバキ図鑑,日本ツバキ協会編,誠文堂新光社,2010
  • 色分け花図鑑 椿,桐野秋豊,学研,2005
  • 現代椿集,日本ツバキ協会,講談社,1972
  • 日本ツバキ・サザンカ名鑑,日本ツバキ協会編,誠文堂新光社,1998
  • 原色日本の椿写真集 千椿集,ガーデンライフ, 誠文堂新光社,1980

椿カレンダー5月「白玉」と、さまざまな白玉椿

白玉/撮影:高野末男 (大島椿椿のカレンダー2024より)

白玉(しらたま)

花:白、一重、やや抱え性の筒咲き、筒しべ、蕾が丸いのが特徴、小輪。花期は10~3月。葉:丸みのある楕円、中形。樹:立性、強い。来歴:江戸期からの古典品種、京都の名椿のひとつ、別名:初嵐白玉。(最新日本ツバキ図鑑)

「白玉」と呼ばれる椿

元来、白い一重の椿を美称して白玉と呼んだので、特定の品種を指したものではありませんでした。それが花屋で切り花として売られる時に「白玉」と呼ばれたり、特定の木から切り出した花を「○○白玉」などと区別したりすることで多くの「白玉」が世に生まれました。

日本が椿との付き合いが長い故、園芸の歴史が古い故のことであり、どれが本物か偽物かという話ではないのだと思います。

ただ品種同定するうえで不都合なので、徐々に整理されてゆきました。現在は日本ツバキ協会による『最新日本ツバキ図鑑』に準じることが主流になっています。

さまざまな白玉椿

植木屋では一重の白の実生花を俗に「藪白」と呼び、販売名を「白玉」とするそうです。

切花生産者は花型、葉形が美しく切り花に適した白玉椿を育てて、「白玉」の名で切り花として出荷しました。そこから考えると白玉と呼ばれる椿は存外多いようです。

白玉と呼ばれた代表格として現在の品種名で「初嵐」という品種があります。早咲きで端正な一重の白い椿で、蕾や咲き初めにほんのり桃色を帯びています。一番わかりやすい違いは、「白玉」の蕾は丸く、「初嵐」の蕾の先は尖っています。

ほかの白玉椿と類似点が多くとも独自の美しさがあったので「初嵐」は品種として独立して今も愛される名花となったのでしょう。

その他に白玉として知られる椿をいくつか紹介します。

・本白玉(ほんじろたま):花は白一重、広いラッパ咲き、ヤブツバキより大型。葉も花も整っているが、枝の伸びが遅く切り花に適さない。皆川治助が実生で選出。(日本椿集)

・赤山白玉(あかやましらたま):安行あたりで出た初嵐の実生品種と思われる。枝の伸長が初嵐に勝り、活花として持ちが良く、早咲き。花形はやや劣り、蕾はいびつな丸形。(日本椿集)

・葛西白玉(かさいしらたま):花は純白一重、椀型で大きく、蕾は細長い。(日本椿集) 「現代椿集」では花はややクリーム色が買った白一重の中輪、母樹は江東区葛西にあるとある。

・角葉白玉(かくはしらたま):臘月の東京名。臘月:純白一重、花弁は広大で弁端に小波状のた縦皺がでる。極早咲き、葉は大型。名古屋地方では「盆白玉」の別名。(日本椿集)

・盆白玉(ぼんしらたま):臘月の名古屋地方での呼び名。

・霊鑑寺白玉(れいかんじしらたま)

・『椿伊呂波名寄色付』(1859)の「白玉(はくたま)」:白三四重大輪割しべ。(現代椿集)

・『椿伊呂波名寄色付』(1859)の「志ら玉(しらたま)」:本白一重筒しべ早咲。(現代椿集)

白玉に込められた思い

蕾が玉のように丸く愛らしい玉椿。この場合の玉(たま)は丸い形状の意味合いでしょう。玉は「ぎょく」、宝石の意味があります。白玉は白い宝石の意味であり、真珠の古い呼び名でもあります。

玉(ぎょく)には「すぐれて美しいもの。りっぱなもの」という意味もあります。「玉椿」という言葉がありますが、これはもちろん「美しい椿」の意味です。

白く丸い蕾をつける椿だからと単に丸い形状を示すなら「白丸」で良かったでしょう。「白玉」という字を当てたのは、白い椿が、美しくて価値がある、好ましい、めでたい、といった気持ちを抱かせたからだと思います。

引用・参考:

大島椿椿のカレンダー2024

最新日本ツバキ図鑑,日本ツバキ協会編,誠文堂新光社,2010

日本椿集,津山尚、二口善雄,平凡社,1975年

現代椿集,日本ツバキ協会,講談社,1972

コトバンク https://kotobank.jp/